CCII 京都大学大学院医学研究科附属 がん免疫総合研究センター

がんと免疫系
PD-1は活性化した免疫細胞(主役はT細胞)上に発現するタンパク質でありT細胞にブレーキをかけます。がんはこのT細胞のPD-1に刺激を入れるPD-L1というリガンドを強く発現することによりT細胞を抑制し、T細胞からの攻撃を逃れます。PD-1チェックポイント阻害剤、すなわちPD-1をブロックし、免疫のブレーキを解除するために設計された抗体の開発により、がんとの闘いにおける免疫系の重要性が臨床において実証されました。しかしながら、まだPD-1抗体が作用しないがん患者さんも存在し、既存のアプローチを強化するためにさらなる研究が必要です。

PD-1と革命的がん免疫療法の開発: 30年にわたる研究史

がん免疫療法は、おそらく化学療法が開発されて以来、がんの治療方法において最も大きな変化をもたらしたと言えるでしょう。免疫療法ががん治療に大きな影響を与えることができた理由は、その適用範囲の広さです。他の治療法が特定のがん種のみを治療標的とするのに対し、すでに免疫療法は幅広いがん種に適応され、治療の第一選択肢になっています。化学療法ががん細胞を直接攻撃し、死滅させることを目的としているのに対し、がん免疫療法は、人体の免疫細胞にがん細胞を排除させるという考え方に基づいています。化学療法のようにがん細胞を攻撃すると同時に他の正常細胞も傷害してしまうような副作用は少なく、人間に本来備わっている免疫力を発揮することでがん細胞を狙い撃ちするのが、がん免疫療法です。

PD-1またはPD-L1を阻害するヒト化抗体の市場は、2030年には1兆400億米ドル以上(100兆円規模)になると推定されており、がんと闘うための薬剤の約4割に相当し、今後数十年で大きく成長すると予想されています。また、これらの抗体の有効性と適応性を高めるために、他の薬剤や免疫調整剤との併用療法の研究には毎年数十億米ドルが費やされています。これらのことからも免疫療法は今後益々がん治療の中心的存在になっていくでしょう。

免疫細胞ががんを発見して排除するという考え方、すなわち免疫監視機構の原理は、すでに1970年代には確立されていました。PD-1抗体治療が誕生するまでに数多くの免疫系を利用したがん免疫療法の開発がなされてきましたが、そのほとんどは失敗に終わってきました。これは、CCIIの茶本らがNature Reviews Immunology誌(2023年)に寄稿した論文で述べているように、「がんによる免疫逃避機構が完全に理解されていなかった」という理由によるものです。幸なことに、免疫チェックポイント分子(PD-1やCTLA-4のようなT細胞にブレーキをかける分子の総称)は免疫系の負の制御システムであるという発見が、「免疫制御の理解」と「がん免疫療法の開発」の両方において飛躍的な進歩をもたらしました。これまでの効果が少なかった免疫療法はがん反応性T細胞のアクセルを踏む(活性化させる)ことばかりを追求していました。しかし、がん治療の成功の鍵は、アクセルを踏むのではなく、がん組織からのブレーキを取り除くことにあったのです。

PD-1はT細胞の細胞死誘導時に発現が増強される遺伝子として1992年に本庶研究室メンバーであった石田博士らによって 単離・同定されました。その機能は長い間不明でしたが、1998年に作製されたPD-1欠損マウスが自己免疫様の症状を示すことより、 PD-1は生体内において免疫反応を負に制御している事が明らかとなりました。2002年、2005年に岩井、湊らによりPD-1/PD-L1経路を阻害することでがんを治療できることを世界で初めて報告され、後に本庶佑の2018年ノーベル生理医学賞の受賞理由の論文となりました。2008年からアメリカにてPD-1抗体治療の臨床治験がスタートし、2012年にその効果が世界に発表されました。PD-1抗体(ニボルマブ:オプジーボ)は2014年に悪性黒色腫に対するがん治療薬として日本で初めて承認され、その後多くのがん種に対し様々なPD-1, PD-L1阻害抗体が認可されるに至っています。

図: PD-1抗体がん免疫療法の開発の歴史

出典: CCII、茶本健司

現在では、チェックポイント阻害剤効果を増強するため、様々ながん種にて既存の治療法である抗がん剤や放射線治療との併用療法が標準治療となっています。一方で、免疫の力を最大化するような併用治療の開発・探索が国内外で積極的に行われています。たとえば、免疫を調節する薬剤、免疫代謝制御剤、腫瘍微小環境を改善する薬剤、生体内の環境を整える腸内細菌や老化制御薬等が挙げられます。

この20年間の研究により免疫系の制御に関して多くの知見が得られました。一方で、腫瘍免疫の主役であるT細胞の疲弊化(短寿命)やメモリー化(長寿命)をコントロールする制御機構は複雑かつ精緻で、不明点が多く残されています。

今、免疫はがんやウイルスのみならず、神経、代謝、炎症、自己免疫、老化等様々な疾患や症状に深く関連していることがわかってきました。CCIIにおける基礎・臨床研究の成果は今後、様々な疾患治療に応用出切り可能性もあり、広がりのある研究課題でもあります。免疫システムの力を利用するための旅は、まだ始まったばかりなのです。

書誌情報

Chamoto, K., Yaguchi, T., Tajima, M. et al. Insights from a 30-year journey: function, regulation and therapeutic modulation of PD1. Nat Rev Immunol (2023). DOI: https://doi.org/10.1038/s41577-023-00867-9

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